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【東京都中央区】東海道五十三次の出発点。日本橋から京都に向けて旅立つ。

東海道五十三次における日本橋の役割

江戸から京都へ向かう東海道の起点である日本橋。当時の参勤交代時における大名行列が朝早くから江戸を出発する様子が描かれていたりもします。背景を知って上で見ると面白いですよ。一方で、魚河岸から仕入れを終え、行商に出かける様子も描かれており、江戸で一番賑わっている早朝の日本橋の活気が伝わってきます。主役は、旅人であり、武士であり、商人だったんだと思います。日本橋を訪れた人全て。ここから各自の役割を携え、様々な思いを持って旅立っていたことでしょう。

 

日本橋の今昔

日本橋は情緒あふれる街であり、老舗や料亭、割烹などが揃うイメージがありますが、兜町や茅場町を有する、金融経済で発展した街の側面も持っています。道行く先に各都道府県の銀行の支店が出揃い、素人では聞いたことない証券会社、信用金庫が軒を連ねています。日本に初めてできた銀行が兜町できたことや、日本の資本主義の父と言われている渋沢栄一私邸も兜町にあったようです。今はビルが立ち並び忙しないですが、路地裏やふとした瞬間に懐かしさ漂う日本橋を感じることができます。個人的に…食の面ですと、玉ひでのランチやお多幸のおでん、ふと懐かしい飲み屋なんかも楽しめるかと思います。

 

これからの日本橋について

コレド室町など再開発などが進み、綺麗な最先端の街になっていくように感じます。金融経済の街としても残るでしょうが、「ビジネス街であり観光地でもある日本橋」という側面が強くなっていくのではないでしょうか。良い感じに昔を残し進化していく街になることでしょう。当然、これからの日本橋を見守っていければと思っています。1つ欲を言えば、一番賑わっていた江戸時代の日本橋を見てみたいことですかね。

東海道五十三次について

東海道五十三次(とうかいどうごじゅうさんんつぎ)は、江戸時代に整備された街道の名称ですね。東海道にある53の宿場のことを指します。宿場(しゅくば)とは、宿、宿駅(しゅくえき)とも呼ばれ、街道の拠点であり、江戸時代のホテル街のことです。今も昔も(ホテルというか)宿があるところには、人の行き交いがあるので、飲み屋や茶屋なども揃っていたそう。要は宿場を中心とした町の総称を言うそうです。京都までの道程を攻略するためにも、東海道五十三次の中にある宿場町は当然賑わいが際立っていました。旅人や問屋さんの中継地点だけでなく、宿場間の荷物配送の中継地点にもなっていたそうですね。昔も今もそう変わってません。

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